【66日目】アルコールライフイズホラー
四捨五入したら100!
ノンアルコールライフ初日のわたしの立場に立つと、断酒66日目なんて、いちおくえん、と変わらないくらいでっかくて現実味のない数字だった。
わたしは、このノンアルコールライフに至る前、もはや1日たりとも断酒を出来なくなってしまっていた。
朝どんなに具合が悪く、胆汁まで吐いて、「今日は絶対に飲まないから、どうか助けてください」と懺悔し誓ったとしても、仕事が終われば帰路の途中にあるどこかのコンビニに必ず吸い込まれ、前日と同じようにお酒を買っては、前日と同じように飲んだ。
眠るというより、気を失うまで。
もちろん毎晩ブラックアウトしているから、記憶はおぼろげにしか残っていない。
朝のわたしは切実に断酒を誓うのに、夜になれば、明日からにしよう、と、気持ちを繰り越しては飲んだ。
朝と夜のわたしは本当に別人のようだった。別人が同じ体の中で、どちらも本気でお酒を飲みたい、やめたいとあっちゃこっちゃで叫んでいて、千切れてしまいそうだった。
アルコール依存症の中期だったと思う。
連続飲酒に至らなかったけれど、それを線とするならば、30㎝離せば線に見える細かな点線のような日々だった。
同じ時間に、同じ量のアルコールを飲むことをやめられなかった。その純アルコール量は計算してみればざっと100gにもなった。
アルコールの致死量は300gだとグーグル先生が後から教えてくれた。
毎日死のうとしてお酒を飲むんだけど、死ぬ前に寝ちゃうから死ねないとか。そんなことを思いつき、なんちゃって、とは茶化せない。
そんなわたしの歩んだ66日のノンアルコールライフなんて、字面だけで茨の道のような気がする。
けれど、実際にはこの66日間一度たりとも
・二度と飲まない選択を後悔したこと
・飲まない辛さが幸福感を上回ったこと
がなかった。代わりに、
助かった、これで死なずに済む、もう苦しまなくていいんだ、飲まなくていいんだ
という安堵の感情が底なしで沸いてきた。
だって、聞こえないふりをしてきたエマージェンシー音、ホントはもうずっとけたたましく耳元で鳴ってたから。
ちなみに、わたしはやめる直前に一度だけ幻聴を聞いた。
隣の部屋との境目の壁からラジオが流れたのだ。
それはとても小さくて、常識的な音だったから、病識があったせいで敏感になってテレビの音漏れに過敏になったのかもしれないとも後になって思ったけれど、でも、やっぱりあれは幻聴だったと思う。
そんなホラー映画のような日々をするりと抜けて、66日目。
あれからもし66日飲んでたとしたら、わたしはどこかで死んでたかもしれない。そういう結末もあったかもしれない。
生きててよかったなぁ、わたし。 このままノンアルコールライフでハッピーエンドがいいよ。
1つだけ分かっているのが、節酒じゃ絶対にバッドエンドってこと。
ノンアルコールライフじゃなきゃダメなのだ。絶対に。どんな理由があろうと、飲む理由は全部言い訳なのだ。
今日も初日のわたしから受け継いだノンアルコールライフの気持ちを、綺麗なまま明日へ渡せることに感謝しよう。